私達の行く先は天ではなかった。
第肆話 レンの場合・前編④
「ねぇ、ストベちゃん。わたしね、人間堕ちを考えてるの!」いつもと変わらない調子で投げかけられたその言葉はあまりに唐突だった。
あたしは幼馴染としてレンのことを誰よりも見てきた。
そしてこれからもずっとあの無邪気すぎる笑顔を見られると思っていた。
あたしはレンと一緒の"今"が一番楽しいと思っていた。
だって、妖精でいればレンとこれからも永遠に遊んでられるもの。
なのに、「人間堕ちを考えてる」?
それを聞いたあたしはなんだかすっごい悔しかった。
このあたしがレンの気持ちに気付いてなかったってのもそうだし、あのレンが……レンが、いなくなっちゃうのが、たまらなく悔しかった。
人間堕ちをすれば妖精としての永遠の命を失う。
もう少し細かく言うなら、下界で死ぬまでこの妖精界には戻って来られない。
そして、また妖精として命を与えられ(転生し)ても、前世の記憶は一個も覚えていない。
……あたしたち二人が"同じところで目覚めたとき"だって、お互い"前のこと"はなんにも思い出せなかった。
レンがもし人間堕ちをしたら、「あたしを覚えているレモンの妖精」はいなくなってしまって、「あたしのことを覚えているだけの下界の馬鹿」しか残らなくなってしまう。
人間堕ちをした妖精は死ぬ。人間みたいに成長して、人間みたいに老けて、人間みたいに死ぬ。
あたしはこの幼い状態のまま、レンはどんどんレディーになってって、ババアになってくんだ。
それを、妖精界から見てなきゃいけないんだ。
もしかしたらレンも、ピチとかいう元高カーストの女みたいに、人間の男たちに羽を毟られて、慰み者として下界をさまようことになるかもしれない。
もしあいつがピチみたいになってしまったら、下界に干渉できない妖精(あたし)たちじゃ惨劇を黙って見てることしかできない。
あたしたちじゃ、傷ついたレンの手を握ることくらいしか、できない。
でも、もう既にレンは下界に夢中であたしの言葉なんて届かない。
あたしじゃ、あの馬鹿を止められない。
「ロンに頼むしかない」
馬鹿げてる使命感を持った黄色い馬鹿の背中を見送った後、あたしは濃いイチゴ味の涙を拭って妖精界を飛んだ。
レンの場合・前編④
2020/05/11 up
2022/07/17 修正